苦手な事をやるのは時間のムダ【人生論】
介護士K (@kaigo_kk) です。
苦手な事を頑張ていませんか?
「苦手な事」を無理して頑張ってしまう人がいます。
苦手な事を無理して頑張った結果、気付いたら好きになっていたという事もたまにはありますが、根本的に苦手な事は一生克服できません。
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苦手な事はやらなくて良い
苦手な事を頑張る、その精神力は素晴らしいです。
その能力は社会生活で大いに役立ちます。
ただ、矛先を間違えると大きなストレスになる上に、大した成果も出ず、人生損します。
苦手分野は「捨てる」
学校の成績(10段階評価)で例えてみましょう。
- 国語=2
- 算数=2
- 理科=2
- 社会=2
- 英語=8
この場合、苦手な「国語・算数・理科・社会」の成績を頑張って「2→5」に上げるより
得意の「英語」を10に上げるべきです。
苦手分野をどんなに頑張っても「人並み」にしかなりません。
可もなく不可もなくはダメ
一昔前は「総合力」が重視されていました。
何でもそこそこそ出来る人が、社会的に評価されていました。
今は違います。
平均的な能力より、得意分野で突き抜けたほうが、社会的価値は高いです。
元々総合力が高い人はそれ自体が能力なので良いですが、頑張らないと人並みに出来ない苦手分野がある場合、そこに労力を割かずに捨てるのが賢明です。
幸福度が下がる
苦手な事、やりたくない事をやるのは物凄いストレスです。
費やした時間に見合うほどの成果も出ません。
そうなると…
「私って、ダメな人間なのかな…」
と自己肯定感が下がります。
人間は、追い詰められたり、思うようにいかない時に限って、目の前のこに盲進します。
結果上手くいかず、更に自己肯定感が下がります。
断捨離と同じ
人生は「断捨離」と同じです。
- 苦手なもの
- 必要のないもの
を捨てて、得意なもの、必要なものだけに囲まれる。
これこそが人生の幸福です。
自分の能力・趣味嗜好を分析した上で、必要ないと判断したものはバッサリ切り捨てましょう。
「執着」が人を不幸にする
総合力を大切に考える人は、社会や他人の価値観に左右されます。
「常識」や「他人と同じである事」に執着します。
英語以外の全科目捨てると言ったら
「全科目頑張らなきゃ駄目だ!」
と先生に言われた。
嫌な仕事はしたくないと言ったら
「そんなんじゃ社会人として失格だ!」
と先輩に言われた。
このような指摘は決して間違いではありませんが、正解でもありません。
何より、指摘をしてきた人たちは、あなたの人生を保証してくれません。
嫌なことを無理してやった結果、ストレスから病んでしまっても、誰も助けてくれません。
「あの人のせいだ!」
と嘆いても無意味です。
人と同じであること、常識人であること、それらに執着すると不幸になります。
結果・評価は関係ありません。
他人の価値観に振り回されるのは、今すぐに止めましょう。
私が切り捨てたもの
- チームプレー
- コミュニケーション能力
- 人の上に立つ
私は、これらの能力が致命的に欠如しています。
克服しようと努力しましたが、人並み以下くらいにしか出来ませんでした。
加えて、無理して頑張ることが物凄いストレスで、他人に認められるために無理をしている自分、頑張っても出来ない自分が嫌いになり、自己肯定感が0になりました。
そこから這い上がるには、結構な時間が掛かりました。
それ以来、私の人生スローガンに
- 苦手な事は絶対にやらない
が加わりました。
苦手な事を捨てても幸せに生きられる
私は現在
- 出世コースから外れる
- 社会適応能力が低い
- チームプレーが苦手
という、社会人として完全にアウトな状態ですが、何不自由なく生きています。
ストレスフリーなく、良い仲間に恵まれ、お金に苦労せず、楽しく生きてます。
人も、物も、評価も、自分に必要のないもの、苦手なものは全て捨てました。
これからも捨て続けます。
- 自分の価値観
- 自分のペース
で生きることこそ、人生の幸福です。
「お前はどうしたいんだ?」と語りかける
判断に迷った時は
「お前はどうしたいんだ?」
と自分に語りかけてみましょう。
他人に相談するのも全然アリですが、最終的な意思決定は「自分がどうしたいか」で決めましょう。
そこに社会性は必要ありません。
真面目な人ほど、社会の模範であろうとします。
素晴らしい事ですが、それがあなたを苦しめているなら捨てましょう。
無責任に批判してくる人は無視しましょう。あなたの人生は、あなただけのものです。